◇これまでの経緯

下記の文面は、実行委員長の寺尾紗穂が「りんりんふぇす2013の記念冊子」に寄稿したりんりんふぇす開催の経緯をつづったエッセイです。以降のエッセイ(2013~2018年)は、コチラよりぜひお読みください。


りんりんふぇす開催に寄せて

寺尾紗穂

 

今回で4回目を迎えるビッグイシューサポートライブだが、「りんりんふぇす」というのはそもそも、これまでに1回しか開かれていない。第3回目からの愛称だ。第1回目は人を介して会場の「H寺」側とやりとりをしていたこと、「H寺」側の対応への不信感もあって、おわった時には、来年以降このイベントをどうやって存続させていこうか、という不安に包まれていた。

 

2011年5月、そんな不安を抱えたまま、私は一本のPVを作って公開した。そしてこの「アジアの汗」のPV撮影の過程で、私はNPO法人自立生活サポートセンター・もやい(以下、「もやい」)の稲葉剛さんという素晴らしい協力者と出会うことができた。「アジアの汗」は、私が大学時代山谷の夏祭りに行った時に出会った坂本さんという、絵描きで元土方のおじさんとの出会いにインスピレーションを得て、出来上がった歌だ。坂本さんがたまたま私が通っていた東京都立大学の八王子キャンパスを建てた、ということも不思議な縁を感じた。

 

坂本さんは出会ってから5年後に突然死し、私は否が応にも、この短くも印象的な出会いの意味を考えさせられた。だから、「アジアの汗」のPVは坂本さんを偲ぶことのできる、ドキュメンタリータッチのものにしたい、と思っていた。そして、出来ることなら絵描きだった彼が生前私に見せてくれた沢山の絵をPVに撮影したいと思った。つてをたどって遺された彼の絵の所在を追っていくと、それは「もやい」に保管されている、という事がわかった。

 

松江哲明監督にこの話を投げかけたところ、私が作りたいものを察してくれた監督は当日、自身のハンディカメラをさっと私に手渡してくれて、「寺尾さんも撮ってください」と言ってくれた。「アジアの汗」のレコーディングをやった市ヶ谷の、よく路上のおじさんたちが小さな宴会をしている地下通路を撮り、その後「もやい」のある飯田橋へ移動した。 

 

「もやい」の稲葉さんは生活保護の受給を考えている人の相談にのったり、保証人を引き受けたりと日々忙しい仕事の傍ら時間を割いて、保管してある絵をすべて見せてくれた。坂本さんは、生前もやいにもよく顔をだしており、稲葉さんは葬儀にも参列したとのことだった。ひと通り、画像を撮影させてもらったあと、私は思い切って稲葉さんに、ビッグイシューを広める音楽イベントを考えていること、「H寺」で前年に行ったイベントのこと、場所を変えて続けていきたいことなどを相談してみた。稲葉さんは、この大して知名度もなさそうな一人の歌い手の提案にその場で興味を示してくれ、ビッグイシュー、それから浄土宗若手僧侶から成る「ひとさじの会」の方々へと繋げてくださったのだった。 

 

こうして思いがけず組まれたこのタッグは、とても強力で、それぞれが経験と人脈と熱意を持つ人々で溢れていた。こうした協力体制のもと、「ひとさじの会」の浄土宗つながりで使わせてもらった「梅窓院」での第一回目、つまり第二回目のサポートライブを無事に終えることができた時、私は坂本さんがあの世からさり気なく導いてくれたかのような、この展開と人のつながりとに感謝でいっぱいだった。そしてもう1つ、浄土宗との不思議な縁についても感じざるを得なかった。

  

坂本さんと出会う1,2年前、やはり大学時代に私はサイパン及び南洋群島と呼ばれた地域に興味を持った。そこはかつて日本の統治下にあり、日本語教育も行われていたのだった。卒論や修論に絡むわけでもなかったが、私は大学~大学院時代に数回サイパンに取材に行った。飛び込みで地元の老人ホームに行けば、日本語をしゃべれるおじいさんおばあさんはまだまだ残っていたのだ。そうして、彼らの記憶や、記憶の底に眠っていた日本の歌などを聞かせてもらいながら、戦前サイパンへのイメージを自分なりに膨らませていった。

 

その中で私は青柳貫孝という一人の浄土宗住職に興味を持った。彼はインドや東南アジアで仏道を説き、かのタゴールに茶道を教えたという逸話の持ち主で、その後サイパンに南洋寺という寺をつくり住職となると同時に、サイパン女学校の前身となるサイパン家政女学校の創設者でもあった。島民にも茶道華道を教える場を設けたり、島民2名を東京の家にひきとって留学させてもいる。

 

戦後は八丈島に渡って香料の生産活動を指導し、晩年は茶道を教えたり易者をしながらつつましく暮らしている。この異色の僧侶の恩師が、渡辺海旭という浄土宗の僧侶であった。

 

渡辺は浄土宗の派遣するドイツへの留学生となって見聞を広め、帰国後の大正日本で初めて社会慈善事業を展開したエライお坊さんだった。宿泊所、食堂、職業紹介、質屋、保育所、障害者支援、住宅改築、仕事づくり、朝鮮人学校の設立など、渡辺がリードした事業は実に多岐に渡った。彼は、金持ちばかりが文明の恩恵を受ける世の中で、貧困層を支援する事業は、宗教者が動かなければできないという使命感を持っていた。

 

第一回目のイベント開催の「H寺」での苦い経験をした後、たまたま「真夜中」という雑誌でサイパンについての連載を持っていた関係で、この渡辺についても調べ始めた私は、大変な勇気をもらう思いだった。日本のお寺にはもう期待できないのかな、と悲観していたところに、大正時代にこのような動き方をした僧侶がいたことがとても嬉しかった。そして、このことに感銘を受けてしばらくして、私は稲葉さんから渡辺の意志をひきつぐ浄土宗僧侶たちの「ひとさじの会」を紹介されたのだ。普段からおにぎりを手渡す野宿者支援に取り組む彼らは東日本大震災の被災地にも足繁く通ってボランティア活動をしたり、障がい者の授産施設と連携したりと社会とのゆるやかな繋がりの中で、気負わずに仏の道を実践している。

 

思いがつながる、ということがある。思いがみちびく不思議な縁、というものがある。大きな会場で、音楽も座談会も食べ物も!と欲張ったフェスは、ひとりでは到底実現できないものだ。言い出しっぺとして、一つの思いが形になっていく経験はとても大きなものだった。書いてしまうとありきたりだが、人とのつながり、そこから生まれるパワーの大きさをひたすら感じた。

  

人は一人で生きてはいない。人は人と生きている。恋人が、友人が、先生が、お兄ちゃんが、妹が、お母さんが、おじいちゃんが、叔母さんが、そういえば買っていたあの雑誌。面白いって言ってたあの雑誌。そんなところから始まって、この雑誌が広まっていく可能性はまだまだあちこちに転がっていると思う。一冊ビッグイシューを買うこと、それについて誰かにちょこっと話すこと、読み終わったら読んだことのない知人にあげること・・。今日集って下さった皆さんが、そんなささやかなサポーターとなり、なり続けてくださること。この社会に、失敗して転んでもすぐつかまれる手すりや、上っていけるはしごのようなシステムが増えていくこと。ビッグイシューがその先駆けとして、これからも広がり続けることを願いつつ。 

 

ご来場、ありがとうございます。

2013年10月


◇過去のりんりんふぇすHPと参加者の感想

●イベントのホームページと参加者の感想

 2018年度 vol.9…公式ホームページ参加者の感想

 2017年度 vol.8…公式ホームページ参加者の感想

 2016年度 vol.7…公式ホームページ参加者の感想

 2015年度 vol.6…公式ホームページ参加者の感想

 2014年度 vol.5…公式ホームページ参加者の感想

 2013年度 vol.4…公式ホームページ参加者の感想

 2012年度 vol.3…公式ホームページ参加者の感想

 2011年度 vol.2…公式ホームページ(サービスが終了しました)